今回お話しを伺ったのは、日本社会人アメリカンフットボールリーグ「Xリーグ」(以下「Xリーグ」)のエレコム神戸ファイニーズに所属するチアリーダーの藤田真実さんです。
この春「年齢にとらわれず挑戦する姿を子どもたちに見せたい」と、全米スポーツで1番の人気を誇る米プロフットボールリーグ(以下「NFL」)の入団テストに挑戦されます。
藤田さんは、枚方市内で子どもたちにチアダンスを9年間教えられたり川原町の黒毛和牛ひらかたでバイトされたりして、枚方に縁があることから今回枚方つーしんでインタビューさせていただきました!
枚方との関係やNFLを目指した理由など…色々とお話を伺いましたのでどうぞ!!
1982年生まれ。早稲田大学を卒業後、プロ野球オリックス・バファローズ、滋賀レイクスターズなど多方面で活躍。
2009年〜2016年3月まで枚方市内で子ども達にチアダンスを指導。その後、小学校教員を経て昨年現役復帰。
枚方市川原町の焼き肉店「黒毛和牛ひらかた」そして現在は「黒毛和牛こうりえん」で働きながらチアリーダーとしても活動を続け、この春活動拠点をアメリカへ移す。
– 今日はよろしくお願いいたします!
最初に藤田さんのことをお伺いできればと思います。
よろしくお願いします!
私は元々大阪に住んでいまして、大学進学(早稲田大学)で東京に行きました。
そこで応援部チアリーダーズに入り、東京六大学野球やアメリカンフットボール、ラグビー、駅伝など数多くの試合や競技に参加しました。
また在学中にバレーボールVリーグや都市対抗野球の応援にも参加していました。
その後、社会人チアダンスの強豪クラブチームに入り、子どもたちにチアダンスを教えるインストラクターやプロスポーツなどでチアの活動を広げました。
7年間くらい東京に居ていろいろと将来を考える中で実家のある大阪に戻って来まして、プロ野球チームやプロバスケットボールのチアを努めました。
– たくさんのプロスポーツチームでチアをされていたんですね。
はい。バレーボールVリーグの東レ、日本フットサルリーグ(Fリーグ)のシュライカー大阪、プロ野球のオリックス・バファローズ、プロバスケットボールBリーグの滋賀レイクスターズなどでチアリーダーとして活動していました。
– 今のお話からもチャレンジする人生を過ごしてこられたのですね。
チアダンスに興味を持たれたきっかけを教えていただけますか。
バトントワリングの大会はバトン編成とポンポン編成と呼ばれるものがありまして、私の学校はポンポン編成が強かったのです。
イメージしやすいところで言いますと映画やドラマにもなったチアダンのような競技大会に出ていました。
– チアもバトントワリング部なんですね。チア部だと思っていました(笑)
なかなか違いがわからないですよね(笑)
– 部活動などの応援もされていたのですか。
私の通っていた学校の姉妹校が甲子園の常連高で、私たちも応援に参加しました。
– 大学でも続けられたのですか。
大学でもチアダンスの方を続けようと思っていましたが、アクロバットや組体操のようなスタンツがあるチアリーディングの方しかなかったので、応援部チアリーダーズに入部して本格的にチアリーディングの道に進みました。
– 大学時代に思い出に残ったことはありますか。
部活が楽しすぎて本気で卒業したくないと思えるくらい充実した毎日でした。
早稲田の野球部が4連覇を達成した際に優勝パレードに参加したことなどたくさんの思い出があります。
– 大学時代にもNFLを目指されたとのことですが。
たまたま情熱大陸で日本人チアリーダーがNFLで活躍しているのを見たのがきっかけでした。
本場の大観衆の前で踊る姿を見たとき「私もここで踊りたい!」とテレビの前で思いました。
NFLの舞台に立って踊るという夢はこのときに生まれました。
– 大学時代にすぐチャレンジされなかったのには理由があるのですか。
当時は今のようにSNSもあまりなかったので、オーディションをどうやって受けるのか、お金がどのくらいかかるのか、という情報が得られませんでした。
そんな時、たまたま大学に来られたOGの方にどうやったらNFLに行けるますか?という質問をしました。
話の中で今やっていることとは違う技術が必要だということが分かったことと、情熱大陸で見た方が関東Xリーグの出身で、NFLにチャレンジしたという話を聞いて
まずは国内で技術を習得する必要があるということと、英語と資金も必要だと思いました。
– では、まず国内のXリーグを目指されたのですか。
いえ、実はもうひとつ私が中高とやっていたチアダンスの社会人チームに入ることとで悩んでいました。
チアダンスの強豪社会人クラブチームがありまして、どちらに進むのか、本当にすごく迷いました。
最終的には自分が憧れていたコーチがやっているということで社会人クラブチームに行きました。
チームに入ってからはアルバイトと大会を目指して夜遅くまで練習をするという生活でした。
大変でしたが充実した毎日でした。
またチームが色々なところで子どもたちのチアダンスチームを教えていましたので、私も最初はアシスタントとして子どもたちにチアダンスを教えはじめました。
– 子どもさんにチアダンスを教え始めたのは社会人になってからなんですね。
はい。そうですね。
2年間社会人クラブチームで頑張って、多くの試合にも出て、海外遠征にも行っていたのですが続けていくとなると金銭的負担が大きいんですね。
練習会場の費用であったり、衣装代であったり遠征費であったりと。
最終的にはやはりアメリカNFLに行きたいというのがあったので、なかなかお金が貯まらない状況に、この先どうしようかなと思っていました。
そんな時、早稲田の先輩からキッズチアで教えてくれる人を探しているという話がありましたので、私がやらせてもらうことになり、キッズチアのインストラクターとして本格的にやっていくことになりました。
私がいたキッズチアの会社は、教えるだけではなく先生も色々と表に出て経験をしなさいというところでしたので、プロスポーツチームのチアなどもやっていました。
– 大阪に戻ろうと思われたきっかけは。
東京では、ありがたいことに仕事もたくさんいただいて、毎日がすごく充実していました。
また仕事とは別に小学校の教員免許を取ろうと卒業後も通信で勉強していたのですが、練習やバイト、インストラクターの仕事でなかなか時間が取れなかったんですね。
土日も子どもたちの引率で出ていたのでレポートが間に合わないとか試験が受けられなくて単位が取れなかったということと、将来を考えた時に東京を離れて実家のある大阪に帰って勉強しようと思いました。
– 大阪に戻られてからはどうでしたか。
本当は大阪に戻るときにチアをやる気はなかったんです。
勉強するために帰ってきたので。
ところがオリックス・バファローズがチアチームを新しく作って募集するというのを知って、すごくやりたくなってしまったんです。
しかし残念ながら募集が終了してしまっていて・・・・
次のシーズンは絶対に受けようと思ってトライアウトを受けて合格しまして、また次の年も受けて合格し2年間続けました。
オリックス・バファローズで専属のプロのチアとして経験できたのはすごく大きかったです。
またキッズチアチームも立ち上げるという話がありまして、現役をしながら関わらせてもらいました。
– 高校野球のアルプスでの応援とプロ野球チームの応援の違いはありますか?
高校野球でアルプススタンドで応援していた時は本当にお客さんというか、見ている側の目線で応援していた感じだったのですが、大学、プロでチアをやる中で選手を応援することもなのですが、お客さんも盛り上げるという両方を意識するというところに違いは感じました。
– そのあとはプロバスケットボールBリーグに入られたとお伺いしました。
はい。オリックス・バファローズで懇意にしていたディレクターさんが退職されたこともあって私も新天地を求めようと思いまして、縁があってプロバスケットボールのBリーグ滋賀レイクスターズのチアのオーディションを受けて入ることになりました。
滋賀でもキッズチアのスクールで教えていました。
– 色々なところでチアを教えられていたんですね!枚方はどのタイミングで教えられていたのですか。
大阪に戻ってからすぐの頃に、知り合いに子どもたちにチアダンスを教えて欲しいというお話がありました。
それが枚方でして、そこから9年間枚方市内でチアダンスを週1程度で教えていました。
– 大阪に戻られてすぐだったんですね。
はい。オリックス・バファローズ、滋賀レイクスターズでやらせていただいた時も枚方だけはずっと続けていました。
枚方だけは、どこかのスクールというわけではなく、お母さま方が全部運営してくださって私は指導に行くというスタイルでしたので続けていくことが出来ました。
最初は生徒さんが少ない時もありましたし、辞めて行く子もいて苦労したのですが、お母さま方が協力してくださって続けられてきました。
そして1年生から教えていた子が長く続くようになりまして、高学年になる頃には枚方まつりに出るようにもなりました。
結局大阪に帰って来てからもチアが中心の生活で、なかなか試験が受けられなかったんですね。
それで、これはさすがにまずいと思って、チアを辞めさせてもらって勉強しました。
その期間も枚方のキッズチアは続けていました。
– 枚方でアルバイトもされていると伺ったのですが。
知人にご紹介いただいてパナソニックパンサーズのチアの立ち上げに参加し、本拠地パナソニックアリーナ(枚方公園)で行われる試合にもメンバーとして出て、当時の振り付けも考えていました。
また現在のバイト先である「黒毛和牛こうりえん」の店長の小西さんが当時バレーボールのパナソニックパンサーズの選手でして、そのつながりで『一緒に働かないか』と声をかけていただいて働きはじめました。
昨年閉店した黒毛和牛ひらかたで働きはじめて、現在は黒毛和牛こうりえんで働きながら、チアリーダーとして活動しています。
NFLに挑戦できないまま30代になり年齢的にも難しいだろうと考えたのと、子ども好きだったこともあって現役を引退し小学校の教師として働きはじめました。
教員だった2年間は泣いたり笑ったり…本当に貴重な経験をさせていただきました。
公務員は兼業できませんので、チアの生活から離れるようになったのですが、離れてしまったことでチアへの思いがより強くなってしまったことや、教員の仕事に没頭したのもあって体調を崩してしまいました。
子どもたちも可愛く、やりがいのあるお仕事だったので何度も悩みましたが、体調を回復させるために退職の道を選びました。
– 退職後、もう一度現役に復帰しようと思ったきっかけを教えてください。
同級生チアリーダーが活躍する姿に刺激を受けたことです。今年で37歳になるのですが、仲間の活躍する姿をSNSで見かけるたび「もう一度頑張りたい」と思うようになって。
– (年齢にびっくり)すみません…藤田さんのこと20代だと思ってお話ししていました!
ありがとうございます(笑)
体調が回復したこともあり、2018年の6月にXリーグのエレコム神戸ファイニーズで現役チアリーダーとして復帰しました。
現役復帰してから、枚方のチアダンスの教え子も試合を見に来てくれて嬉しかったです。
– 現役復帰されてNFLにチャレンジしようと思ったきっかけは何でしょうか。
自分よりも年上の女性が5年越しの夢を叶えてNFLに合格したというニュースを見たんです。
東京のレッスンで何度かお会いしたことのある方だったので、同世代として大きな感銘を受けました。
お金もかかるしビザの取得も厳しい、何より自分の技術で合格できるのか…いろんな不安で挑戦することを諦めていたんです。同世代が活躍するニュースはそんな私の背中を押してくれました。
「ダメでもなんでもやらないと後悔する、やってみよう」って。
– 実際にNFLの試合を見に行かれたことは。
ハワイでプロボール(オールスター戦)のチアを見に行くというツアーがありました。
この時にはじめてみました。
試合だけではなく、いろいろなイベントがあるんですね。そこでチア体験をしたり。
花道っていう選手を向かい入れる場面があるんですが、そういうのも体験してすごく感動しました。
また試合で生のチアを見て、ますますここに立ちたいという思いが強くなりました。
– NFLのチアリーダーになるには大変な道のりだと聞きました。
そうですね。まず英語であったり資金的なハードルがあり、入団するためにもさまざまなテストを合格していかないといけません。
契約も1年ごとですので、仮に一度合格しても次年度の保証はありません。
そしてビザの取得も難しく、入団テストだけでなく超えないといけないハードルがいくつもあります。
さらに全米からチアリーダーが集うので、とても狭き門だと思います。
– 厳しい世界なんですね。
国内国外問わず、チアリーダーは基本的にお給料が出ないんです。
1試合あたり交通費程度ですので収入もよくはありません。
それでも、NFLの舞台を求めてたくさんのチアリーダーが集まってきますね。
– ご両親や周囲の反応はいかがでしたか?
正直…よく思われないんじゃないかと不安でした。「教員の道が開けたのにもったいない」そんな風に言われるんじゃないかって。
だけど「NFLのチアリーダーに挑戦したい」と口にした瞬間、世界が変わりました。
いろんなご縁が重なってメディアで取り上げていただいたり、応援してくださる人も増えて…感謝の気持ちでいっぱいです。
– 最後に夢に向かって頑張るこどもたちにメッセージをお願いします。
スポーツの世界にかかわらず、日本では年齢で夢を諦めてしまう人がたくさんいます。でも、少し世界を広げると、40代になっても、ママになっても、かっこよく踊ったり世界の舞台で活躍している大人がたくさんいます。
「努力すれば絶対に叶うわけじゃない」
この厳しい言葉を私自身、周囲の方から時としていただくこともあります。
だけど、まずはやってみたらいいんじゃないかなと思うんです。やってみてダメだったら、またその時考えればいい。挑戦して、初めて見える景色や出会いがあります。
年齢にとらわれず挑戦する姿を見せ続けられるように、これからも努力を続けて参ります!
柔らかい女性らしさの中に、芯の強さが光る藤田さん。時に悩みながらも、いつも前を向いて挑戦を続ける姿に元気をいただきました。
ご本人よる公式Twitterも開始されたようですので、ぜひフォローして今後の活躍を応援してください!
藤田さん、ありがとうございました!