ひらかたメモリーズ file.002 [2013年11月@藤阪]

枚方の人々の思い出を元にした、ほぼノンフィクションのエピソード集「ひらかたメモリーズ」、第2回です。


 

ひらかたメモリーズ002a

ひらかたメモリーズ file.002

2013年11月@藤阪 午後8時
 夫と子どもたちが作ってくれたハヤシライスと卵焼きを食べ終えて、里美はソファに腰を下ろした。キッチンからは、はしゃぎながら洗い物をする子どもたちと、それをなだめる旦那の声が聞こえる。

 にしてもハヤシライスに卵焼きとは…

 里美はその組み合わせに苦笑した。
 
 話は半月ほど前にさかのぼる。
 単身赴任の旦那が帰ってきた時のことだ。

「たくま君のパパ、卵焼き作れるねんて」
「卵焼きくらいオレも作れるで」
「ウソやろ~?」
「いやいや、卵焼きやろ? 簡単やし」
「またまた~」

 そんな会話をしたことなんてスッカリ忘れていた。旦那は「どや!」と言わんばかりの…というか「どや!」と言ってから、正真正銘のドヤ顔でハヤシライスの脇にキレイに焼き上がった卵焼きを並べた。
 
 え? のち あぁ~と里美は納得した。

 あの時の話、覚えてたのね。
 悔しかったのね、と。

 ひと口食べてみると、これが案外イケる。

「美味しいやん」

 里美は普通に感心した。
 旦那はドヤ顔のままニヤリと笑う。

 今日は里美の誕生日パーティー兼クリスマスパーティーだ。三ヶ月前に突然の単身赴任が決まった夫が次に帰って来られるのは年末になる。それで2つをかねることになった。
 昼は梅田に出かけてちょっといいランチを食べた。そのあとプラプラ歩いていると、旦那が急にジュエリーショップへ行こうと言い出した。

「え? なんで?」
「いや…、婚約指輪あげてから十年やし…」

 里美は記憶をさかのぼってみる。そう言われればそんなに経つのか…。子育てに追われ、ここ数年はそんなことは考えもしなかった。

 そういえば、そうだ。

「えぇ~? でも、いい、いい。
 それより電動自転車買って欲しいし」
「それは自分で買ってください」
「なんでなんで~?」

 夫はもともと来年に結婚十周年のリングをプレゼントするつもりだったらしいのだが、急に転勤になったので、前倒して今年にプレゼントすることにしたらしい。婚約してから結婚まで一年間お金を貯めていたので、結婚してからは9周年だ。

 あまり指輪を付けない里美に記念指輪をプレゼントすることで、遠く離れた自分を身近に感じて欲しいという思惑もあるようだ。しかし、夫のお財布事情を熟知している里美はどうしても遠慮してしまう。

「とりあえず、見るだけでも見てみよ!」

 夫に手を引かれて入店すると、キラキラと輝くディスプレイの中の宝石たちが里美の目に飛び込んできた。最初こそ「いい、いい」と断っていた里美だが、その瞳は店内を反映するかのようにみるみる輝きを増していく。店員のお姉さんの薦め方もたいしたもので、いつの間にか買ってもらう気満々になっていた。

 あっという間に40分ほどが過ぎていた。

 子どもたちは旦那と並んでソファに座りハイチュウを食べている。

 選びに選んで4つに絞り込んだ。

 里美の中でコレかな?というものはあったが、最後は夫に決めて欲しかった。彼がお小遣いを貯めてプレゼントしてくれるんだし、それに、そうやってプレゼントされたものなら、どれを選んでもらっても嬉しいし、きっとすぐに馴染んで一番気に入るものになるだろうし。

「この4つから選んでプレゼントして」
「え? オレが選ぶん?」
「そ。文句は言わへんし」
「え~!!
 …気に入らんかったら付けへんやろ?」

 確かに旦那の言う通り、里美は気に入らない装飾品は付けない。ただ今回は自分で最終選考まではしているし、それに思ってもいなかったサプライズのプレゼントだから、旦那がどれを選んでも、それを身につけたい。

「大丈夫。信じてるから」

 そう言って笑うと、夫は困り顔で笑った。その表情は里美に、出会った17年前の、少年の頃の彼を思い出させた。
 洗い物を終えた子どもたちと夫が賑やかに近づいてきた。里美はソファに座り直し、姿勢を整える。

「誕生日おめでとう!」
「たんじょう日おめでとう!」
「たんじょびおめでとぉ!」

 三人の声が重なり、里美を祝う。

 改まったことはいくつになってもこっ恥ずかしい里美は照れながらお礼を言った。ひと呼吸置いてから夫がずいっと一歩前に出る。

「絶対気に入ると思うから!」

 手渡された小さな紙袋を里美はドキドキしながら覗き込んだ。“クリスマス限定”ラッピングされた小箱が見えた。

 あれ? これって…
 思ってたやつじゃナイやつだよね…
 ま…まぁまぁ。
 …逆にいいかもね。
 嬉しいことには変わりないし…

 里美は気持ちを落ち着け小箱を開けた。
 
 そこには一番気に入ったピンクゴールドのリングに小さなダイヤモンドが三面に3つずつ、合計9つ付いた指輪がキラキラと光っていた。

 そうだった。

 クリスマス限定のとノーマルのがあって、私が気に入ったのはクリスマス限定のやつだったわ…と里美は今さら思い出す。

「わ! なんでわかったん?」
「そりゃ、君の旦那やからね」

 そう言って彼は私の手をとり指輪をはめた。そして、胸をそらして両手を腰にあて、エッヘンのポーズをした。次男もその姿をマネてエッヘンをする。その様子を見ていた長男がポツリと言った。

「オトコってタイヘンやなぁ~」

 里美は思わず笑った。
 プレゼントはそれだけではなかった。
 
 子どもたちが新聞紙で作った大きい三角形をくれた。角を持って勢いよく振り下ろすと中の袋が開いて「パン!」と音がするヤツだ。かわいいプレゼントに愛おしさが込み上げてくる。促されるままに立ち上がり大きく振りかぶって腕を振り下ろした。

「パン!!」

 気持ちいいほどの大音量がリビングに響き、子どもたちはキャッキャ笑って喜んだ。旦那はあまりの音の大きさに目を丸くして驚いている。里美は丁寧に畳み直して、もう一度大きく振りかぶって子どもたちを追いかける。ぎゃー!と逃げ回った二人は夫の両足にしがみつき背後に隠れた。

 逃げ場を失った旦那の前で里美は片方の口角を上げ、思い切り腕を振り下ろす。

「パン!!!」

 ぎゃー!ぎゃー!ぎゃー!

 三人を追いかける里美の左手の中指には、きらきらひかる9つの、小さなダイヤが光っている。
(おわり)
 


 

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