枚方の人々の思い出を元にした、ほぼノンフィクションの読み切りエピソード集「ひらかたメモリーズ」、第7回をお届けします。
ひらかたメモリーズ file.007
2014年10月@村野
「じゃあ明日ポスト前な~」
同じ職場で働くミズキとは昨夜にそう言って別れた。
待ち合わせ時刻ギリギリにミズキは少し申し訳なさそうな顔をしながらやってきてロードバイクの片手を離してこちらに手を振った。その後ろから車が近づいているのが見えたので私は小さめに手を振り返した。きっと今日も彼女は自転車の鍵を探すのに手間取って遅刻寸前になったに違いない。
「ごめん~」
「ううん、私もさっき着いたところやし」
私は小さな嘘をつく。
このポストはそんな私の嘘を子どもの頃からずっと黙って見守ってきた。
今日も私はミズキと過ごす。
それは端から見ればもしかすると不思議なことなのかもしれないけれど、私たちにとっては変わらない毎日だ。
ミズキと出会ったのは小学校一年生の時だ。人見知りでお姉ちゃん子だった私は、その当時からしっかりと落ち着いていたミズキが同学年で家も近いと知って、どれほど安心しただろう。『この子についていけばきっと安心だ』と思ったことはよく覚えている。背の高いミズキと一緒にいるとよく姉妹に間違えられた。
彼女とはクラスは違ったけれど帰りは一緒に帰っていた。それでもミズキとは放課後毎日遊べる訳ではなくて、彼女は習字に行ったり算数教室に行ったりと忙しかった。帰り道に「今日習字や…」としょんぼりしているミズキの横顔は今でも思い出せる。
小学校五年生の時にはじめて同じクラスになることが出来た私たちは二人で漫画を描き始めた。クラスの男の子を主人公にしたギャグ漫画を二人でひとつのノートをのぞきこみながら「こうしたらいいんちゃう?」とか言いながら毎日のように遊んでいた。よく飽きもせずに卒業までの二年間を書き続けられたと感心する。きっとそのノートはミズキの実家に今も残っていると思う。
中学校も部活も一緒で、一番楽しかった生徒会もミズキに誘われて一緒に入った。ミズキと一緒だと安心だし、頼れるし、話も合うし、近くに居てくれないと不安だった。もしこのまま彼氏ができなくても将来はミズキと一緒に住みたいと私は本気で思っていた。
ミズキと離れたのは高校進学の時だった。ミズキは頭が良く、彼女が志望する高校に行くためには私はずいぶん無理をしなければならないことはわかっていた。彼女は進学校に進み、私は地元の高校に進んだ。
それでも数ヶ月に一度は連絡を取って会うようにしていた。私は高校で出会った快活な友人に揉まれ、どんどん自分の殻を破ることができた。その変化をたまに会うミズキはどう思っていたんだろう。たまに会ってどんどん変わっていく私に若干引いていたんじゃないだろうか。
それからお互いにそれぞれの道を進んだけれど、色んな縁が重なってまた一緒に居ることになった。同じ職場で働き始めたとき、私に違和感は全くなかった。頑張り屋の彼女はいつも真面目に仕事をしているけれど、集中力の続かない私は時々話しかけたくなる。そうして我慢できなくなって話しかけてしまっても、ミズキはいつも笑顔で応えてくれる。
私からミズキに対する不満はないけれど、ミズキは私に対して不満に思っていることはあるんじゃないかと思う。でも、今まで一度もケンカをしたことのない私たちはよっぽど気が合うのか、彼女が私に気を遣って言わないのかのどちらかだろう。
そんな完璧に見えるミズキの抜けているところも年を重ねるにつれて見えるようになってきた。鍵をどこにしまったのかすぐに忘れてしまうところや、好きなお酒をついつい飲み過ぎてしまうところなんかを、私は突っ込めるようになった。それまではただただ頼っていたけれど、これからはそんなミズキのうっかりした一面をちゃんといじってやろうと思う。
こんな日々がどれだけ続くのか、いつまで続くのかは今の私にはわからない。でも、もしも離ればなれになっても、ミズキとは仲良しで居られると思う。離ればなれになったら私はきっと手紙を書く。
まだ小学生だった頃、毎日のようにメモ帳に手紙を書いてイチゴや牛乳瓶の形に折って、そのなかにシールを入れて渡していた。手紙を書くのが大好きな私は、これからも大好きなミズキにきっと手紙を書き続けるだろう。
そうして私たちの手紙と時間はこれからも重なっていくんだと思う。
(おわり)
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※冒頭の題字「ひらかたメモリーズ」は毎回ご本人に書いて頂いています。